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e-Bizen Museum <戦国武将浦上氏ゆかりの城>

記事ID:0000557 更新日:2022年3月1日更新 印刷ページ表示 大きな文字で印刷ページ表示

戦国武将浦上氏ゆかりの城

片上公民館

浦上氏ゆかりの城

茶臼山城
  • 所在地  備前市西片上
  • 形  式 不明
  • 遺   構 不明

茶臼山城跡

 富田松山城の前哨基地で標高84.7mの茶臼山の山頂にあった出丸。

 『和気郡史』には、英賀庚氏(あがかのえし)の話として、「応仁の乱」(1467~1477)の頃、細川氏に属していた生田氏(いくたし)が、ここに築城したが山名勢に攻められ落城し、生田氏は討ち死にした。その後、天文(てんぶん)(1532~1554)の頃、浦上氏の臣佐々部勘が居城したが、天正5年(1577)宇喜多直家に攻められて滅ばされたと紹介している。

 城跡は段階があるが、あまり遺構は残っていない。

 “生田氏玄利(いくたしげんり)之墓”寛文(かんぶん)12年6月と書かれている墓碑が城の西北に現存している。