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e-Bizen Museum <閑谷学校ゆかりの人々15>

記事ID:0000513 更新日:2022年3月1日更新 印刷ページ表示 大きな文字で印刷ページ表示

閑谷学校ゆかりの人々

伊里公民館

閑谷学校の文化財について

  1. 国宝
     講堂附(つけたり) 壁書(へきしょ)、丸瓦
     元禄14年(1701)改築。壁書は延宝2年(1674)綱政の書で学校経営三ヶ条を墨書。丸瓦には(元禄十三庚辰(かのえたつ)年八月吉祥日作閑谷御学校)と書いてある。
  2. 国指定重要文化財
    • 講堂付属の小斎、習芸齋、・飲室(いんしつ)、文庫(ぶんこ)、公門(こうもん)
    • 聖廟(せいびょう)(大成(たいせい)殿(でん)、東階(とうかい)、西階(せいかい)、中庭(ちゅうてい)、外門(そともん)、練塀(ねりへい)、文庫(ぶんこ)、厨屋(くりや)、繋牲石(けいせいせき)、石階(せっかい)、校門《鶴鳴門》)
      • 貞元年(1684)の改築、貞享3年より毎年釈菜の儀行われる。
    • 閑谷神社(しずたにじんじゃ)(本殿、幣殿(へいでん)、拝殿、中門(ちゅうもん)、神庫(しんこ)、石階、練塀、繋牲石)
      • 貞享3年(1686)の建立、祭神池田光政公。
    • 石塀附総延長846m)元禄14年(1701)の築造。
  3. 特別史跡
     学校全域。 椿山、石門、津田永忠宅跡、黄葉亭、泮池等含む総面積 38,829平方メートル
    • 石門は、当初は総高3.8mあったが道路のかさ上げを9回もした結果、現在高は約1mとなった。
    • 椿山は、元禄15年(1702)光政の髭、髪、爪、歯を納め周囲に椿を植え、精巧な石塀が巡る。
    • 黄葉亭は、文化10年(1813)武元君立(たけもとくんりゅう)などが来客、生徒らの休息の場として建てた茶室で学校から約500m東の谷川沿いに在る。
    • 泮池は、幅約(はばやく)7m長さ約100mで校門の正面に石橋(国重文を架)ける。
      《天子の池は学校を巡(円形)、諸侯の池は半円、庶民の池は長方ともいわれる》

 

閑谷学校