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e-Bizen Museum <閑谷学校ゆかりの人々3>

記事ID:0000502 更新日:2022年3月1日更新 印刷ページ表示 大きな文字で印刷ページ表示

閑谷学校ゆかりの人々

伊里公民館

伊里小学校について

 伊里小学校は、明治22年伊里村が誕生した翌年の明治23年(1890年)に小学校設置の区域が定められたことにより、「尋常伊里小学校」として友延に建設することが決められた。

 しかし、すぐに新築することが出来なかったので、それより前(明治5年)から開校していた井田小学校を本校にして、仮校舎の梔島(くちなししま)(難田)、蕃山、伊里中の各小学校をつかって分散授業をしていました。

 明治29年になって、ようやく今の場所に小規模ながら新築されたが、敷地920坪(約3000平方メートル)、校舎面積94坪(約310平方メートル)で教室数はたったの4室であったため、蕃山、難田の仮校舎も使われた。ちなみに生徒数は約300名であった。

 その後、明治32年(1899年)校舎は増築されたことにより、仮校舎は廃止された。科目は修身、読書(国語)、算術(算数)、作文、習字、図画、体操などでした。また一年を前期(4月から10月)と後期(10月から翌年3月)にして初等科3年、中等科3年、高等科2年であった。