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e-Bizen Museum <宇野圓三郎物語>

記事ID:0000489 更新日:2019年12月9日更新 印刷ページ表示 大きな文字で印刷ページ表示

郷土が生んだ治山・治水の先駆者 宇野圓三郎物語

西鶴山公民館

治山・治水に尽くした宇野圓三郎の一生

年齢 できごと
1834年 天保 5 0歳 5月21日福田村(備前市福田)に生まれる
1841年 12 7歳 寺子屋(備前藩香登習字所)に入る
1848年 嘉永 元 14歳 寺子屋( 同 )をやめる
1851年 4 17歳 福田村名主になる。それから散田興起肝煎(きもいり)、里正(りしょう)、副戸長(こちょう)、戸長となり、28年間務める
1862年 文久 2 28歳 父 万介死亡する
1863年 3 29歳 福田村の荒廃(こうはい)した山に「土砂せき止の工事」をする
1868年 明治 元 34歳 明治維新
1871年 4 37歳 5月県内各地に洪水被害が発生した
1872年 5 38歳 4月旭川で洪水が発生した
1878年 11 44歳 福田村戸長をやめる
1880年 13 46歳 7月県内各地で洪水被害が出る 特に見延(みのべ)、久代(くしろ)、巨瀬(こせ)は激じん
1882年 15 48歳 4月「治水建言書」を県令に差し出す
9月県の「砂防工施工規則」が定められる
11月岡山県土木掛雇(かかりやとい)になる 岡山市南方に転居
1883年 16 49歳 県営砂防工事始まる
1884年 17 50歳 8月小田、浅口、児島、邑久、和気郡などで洪水高潮(たかしお)の被害が出る
1887年 20 53歳 8月美作地方に洪水被害が発生する
1888年 21 54歳 4月「砂防工事の標」(建部町中田)
8月「風土治水歌」を発表する
9月「治水本源砂防工大意」が出版される
1889年 22 55歳 7月「砂防工碑」(総社市池田)が建てられる
1893年 26 59歳 6月「水災歎歌(すいさいたんか)」を発表する
10月2年続きの大洪水、県内各地が被災する
1894年 27 60歳 12月砂防工施設指導のため滋賀、三重、岐阜、愛知県へ出張する
1896年 29 62歳 晩春「砂防工碑」(高梁市巨瀬)が建てられる
1904年 37 70歳 4月「治水殖林本源論」が出版される
1907年 40 73歳 3月県庁をやめる=賞金千円をいただく
1911年 44 77歳 岡山市南方で死去 岡山市三門石井山にほうむられる