| 備前北大窯跡
鎌倉、室町時代に、熊山・伊部・浦伊部の山中にあった多くの窯が、室町時代の後半になるとしだいに平野近くに降りてきて、少数の大形の窯を共同で使用するようになり、室町時代〜桃山時代ごろに南・北・西の三大窯が成立する。 この北大窯跡は不老山山麓に位置し、4基の窯跡が認められる。1基は天津神社から忌部神社への上り道の途中にあり、他の3基は忌部神社北西の雑木林斜面に、ほぼ並行して築かれている。 江戸時代後期に書かれた「古伊部神伝禄」には、応永年間(1394〜1428)に大窯が存在したとの記載があるが、大窯跡からの採集資料には室町時代末期よりさかのぼるものは見つかっていない。 |