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 備前焼の生い立ち(3/7) 

■窯焚は農閑期に
 もともと備前焼は「土」と「燃料」と「人」と「季節」と「偶然」によって生まれますが、それらから季節変動要因を考えてみるとどうなるでしょうか。

 焼物の原料としての「土」は、備前では山土や田土を使いました。田土は貴重なもので、例え掘ったとしても農閑期の秋か、冬にしか堀り起せないという制約があったはずです。であれば当然そのような作業を投入する冬期は作陶活動はできません。

 「燃料」はどうでしょうか。当時の焼物の肌に掛かる衣装でもある自然釉を見ると、基本的に雑木を使っていました。松はどちらかというと建築材料だったのです。燃料の薪を作るのは季節的にはこれまた冬のはずです。

 「人」はといえば、土地の庶民であり、おのずから彼らは農繁期を避けて生産をしたはずです。

 「窯焚」は、当時は40日以上の長期間にわたって焚くので、自然に任せなければならない部分が多いと思います。それだけコントロールはしにくいはずです。そこから、乾燥して火の引きの良い晴天の日が多い時期が待たれます。そして農閑期とぴったりと一致します。冬はエネルギーのロスや土、燃料作りに忙しく、あまり行わなかったものと思われます。

 「築窯」はどうでしょうか。最近は社会的分業と、効率至上主義に傾き、効率的に全反射しやすい耐火煉瓦を多用しますが、それが出来ない時代はもちろん、できるだけ穏やかな熱や偶然の力を借りようと思えば、農民の手で無造作に築いた、乱反射する炉壁の方が良いに決まっています。

 商品生産をしていた中世という時代の中で、とりわけ備前焼が全国市場を目指した室町初期当時の備前焼の単価はどれくらいしていたのでしょうか。誰もが興味あるところです。私はこの古文書から探ってみたのです。それは次のような方法である程度算出可能なのです。当然混載貨物の場合は全体への課税しか記入していないので手がかりになりにくいが、単独の商品は単位当たりの税金が分かるのです。それを基本に算出してみました。

 また2種類くらいの混載であれば、判明した一方の物資から、他方の価値(単位当たり税金)も分かってくるのです。

 備前焼とよく混載した備前地方の特産物であったのではないかと考えられる苧(麻)の値段も推定出来たり、それが分かれば大麦、小麦の値段や焼物の値段も推定できるのです。

 そのような相対的比較に加えて、今日の主食である米穀の値段を勘案してある程度の当時の物価、とりわけ備前焼の値段を計算すると次のようになります。但し地方ごとによって容量が違う地方升とか、備前焼にしても壷の大小合わせた数量位の記載しかないので厳密に大甕の値段が幾らで、壷が幾ら、小壷が幾らというような算出は出来ません。

 しかしこれまで他の商品の中での当時の備前焼の位置づけとその一般的値段を推し量ることはなかなか出来なかったのですから、税金から間接比較して類推する価格決定も大きな前進ではないでしょうか。
 

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■備前焼の値段は庶民的
 課税も商品や、入港時期、積載量、単一と混載の別によって異なっていますが、全積荷と課税額を拾い出し、できるだけ色々な要素を勘案しての私の試算によると、備前焼1個当りの総平均税額は3.0文になります。

【室町初期の物資相対価格表】
商品名単位当り税額指数
むしろ1枚 00.7文23
備前焼1個 03.0文100
1石 03.3文110
大麦1石 05.3文177
1石 10.1文337
1束 15.9文520
1石 16.2文540
小麦1石 17.7文590
 比較しやすい米を例にとって、税金から当時の備前焼の相対的値段を求めれば、備前焼1個は米一石の5.4分の1になります。

 現在米一石(150キロ)の値段は幾らしているでしょうか。1キロが500円で、一石当り75,000円となります。

 その5.4分の1は13,889円ということになり、これが当時の備前焼1個の値段ということになります。大甕、壷、小壷の中間器種として壷として高さ30センチ位のものを考えた場合、これは値段としてやはり安い。現在だったら4〜5万円はするでしょうか。やはり庶民の雑器であったことを裏付けています。全体のランクの中でも安い方に位置しています。

 塩一石と大体同じ値段であり、塩も結構安く作られていたことになります。大麦が米の3分の1であることもうなづけます。しかし小麦が米より高かったことは興味深いことです。

 例えば、室町時代にわが国に本格的に木綿が入ってきましたが、その時代は木綿は絹より高価な代物であったこととか、アルミニュームを発明した当時、ナポレオンはアルミメダルを金メダルより高いランクにおいて表彰していたことと似ているのかも知れません。米、塩その他あらゆるものが、季節的に値段の変動があり(例えば全シーズンを拾ってみると塩は夏安いとか)、かなり自由な経済であったことが分かります。

 面白いことに、当時大容量の積荷は小規模な舟の積荷より税金が割安になっているので、すでに今日的商慣行と同じものが見られます。また価格の季節的変動も窺うことが出来るなど、かなり自由経済であったことがこれからも分かって興味深い。

 また中世真っただ中、室町時代というのは現在の経済感覚をもってすれば非常に分かりやすい時代です。それは今流に言えば、高度経済成長でとらえられる時代で、またそれだけ戦争も多かった時代でもあります。

 戦争が多いということは、換言すれば、相手の国から富を取ったり、取って来たいという欲望とからんでいます。つまり経済の急速な発展があるからやっぱり戦争もあったわけで、新たな平和維持システムがまだ確立していないのですから、国の盗り合いまでエスカレートしていきました。そういう中で、焼物も強くて頑丈で絶対に頼りになるモノが人々や、武将、つまり時代によって選ばれていきました。

 全国いたるところの中世山城跡、館跡、大寺院跡から備前焼の大甕や摺鉢が出土するのもそのためです。

 例えば一例を示すと、兵庫県の三木城や和歌山県の根来寺に至っては想像を絶するほどの、おびただしい数の備前焼大甕が出土しています。

 強固さと独自の機能的な方法で時代に応え、庶民や支配階級に圧倒的に支持され、アッという間に宿敵常滑連合軍団を追い落し、日本中に販路を拡大し、天下を制していきました。この頃の備前焼はすべて粗野ではあったが、堂々として頑丈で力に満ちあふれた表情をしています。

 戦国時代も終りを迎えて、人々は見通しと余裕を手に入れ、南蛮文化とキリスト教による物理的ならびに精神的世界の広がりの中で、価値観の多様化、自己と全体と、何より人間を見つめ、既成の美意識に挑戦しはじめました。経済原理のままに進出した備前焼はどのように対応と変化を見せるのでしょうか。

 

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