【月別(旧暦)備前焼荷揚げ数】 (カッコ内は備前以外の焼物点数) | | 正月 | 0個 | | | 2月 | 0個 | | | 3月 | 0個 | | | 4月 | 0個 | | | 5月 | 0個 | | | 6月 | 200個 | | | 7月 | 180個 | | | 8月 | 285個 | (40) | | 9月 | 330個 | (100) | | 10月 | 60個 | | | 11月 | 170個 | (50) | | 12月 | 40個 | | | 合計 1,265個 | (190) |
| この岡山県南部近辺だけでも、今でこそ珍しいが当時は普通にあったらしく、赤米(連島)も商品だったことが分かりますし、フク干物(下津井)、塩鯛(牛窓、笠岡)、塩(塩飽)、マメ(瀬戸田)、米、クラゲ(番田)、材木(甲浦)、大麦、材木(牛窓)、カニ(連島)、ツホ、苧(伊部)、金(瀬戸田、尾道)、鉄(郡)、松(室)、新米(尼崎)、ナマコ(坂越、網干、日那志(日生))などの産物移動の豊かさに驚かされます。米は10月頃出荷のピークを迎えますが、新米が8月13日にはもう出回ってもいるのです。
この中で、備前焼をピックアップして見るとどのようなことが分かってくるでしょうか。
伊部・片上港の場合はたいていは米、大麦、小麦、苧、マメ、ソバ、ゴマとツホ(壷)、すなわち備前焼が混載になっています。それはこの地が農業地帯でもあり、半農半窯だったこともうかがわせています。 中でも苧、つまり麻は瀬戸内第一の特産であったようですし、記録上に頻繁に登場することと、税金も高いことなどからこの様子だと金額的にもかなり稼いでいたようです。 港に陸揚げされた備前焼点数は一年間で1,075個に及び、実に日本の中心であった当時の京畿に流入する全焼物の85パーセントを備前焼が占めている勘定になります。完全なる市場制覇が行われていたことが文書からも裏付けられました。
またこの表から、当時は季節的に輸送量がかなり偏っていることが分かります。現在では殆ど年間を通じて備前焼は生産されているのに、かつては何故季節的制約を受けたのでしょうか。 |