戦後、どっちの姓で小説を書いてやろうかと思って、姓名判断をやったら(私は専攻が
支那
(
しな
)
文学なので、姓名判断ぐらいやれる)どっちもイカンが、
斎藤
(
さいとう
)
の方がもっとイカンと出た。そこで「鶴海佐太郎」いうペンネームを作って、
春陽堂
(
しゅんようどう
)
の「新小説」に書こうとしたら編集長が、柴田錬三郎の方がなんぼうにか上等じゃないか、と言ったので、また逆もどりしてしまった。
巷間
(
こうかん
)
私はシバレンと呼び
馴
(
な
)
らされている
模様
(
もよう
)
だが、もし本姓でやっていたらサイレンとなる処だった。
集英社刊 澤辺成徳著「無頼の河は清冽なり」中
(「私のペンネーム」『わが毒舌』所収」)から