備前市世代ふれあい交流事業
柴田練三郎略伝
東鶴山公民館
帰省時の思い出
 私は、大学の頃、帰省する時は必ず、片上港から、巡航船(じゅんこうせん)に乗らずに、三里の峠越(とうげご)えをしたものである。(中略)久々井峠に建つ石碑
 私は、あの(とうげ)を思い出すたびに、きまって一人の少年の(おもかげ)脳裡(のうり)(よみがえ)らせる。
たしか、大学二年の春であった。私は東京を前夜発って、うららかに晴れた午後には、峠の上に帰りついていた。

 そのおり、ふかい渓谷(けいこく)に面した、尾根(おね)づたいのはるかな山径(やまみち)を、樹々(きぎ)隙間(すきま)に見えかくれして、登って来るひと影があった。(中略)樹々の隙間に見えかくれして

 私は微笑(びしょう)した、徳平(とくへい)だったのである。

彼は、大学生の私の、故郷(ふるさと)の村で唯一(ゆいいつ)の友人であった。私が、(つり)に行く時、船を()いだのは徳平(とくへい)であった。私が、(おく)座敷(ざしき)で読書をしていると、徳平(とくへい)は、縁側(えんがわ)に音もなく(しの)び寄って、忠実な犬のように、一時間でも二時間でも、そこに(うずくま)っていた。(中略)十五年前の話である。久々井峠を下って西谷へ

 集英社刊 澤辺成徳著「無頼の河は清冽なり」中
   (『故郷のメルヘン』より)から

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